「青年は幻を、老人は夢を」

今年は年頭から、色々なところの新年礼拝や新年聖会に呼ばれて、お話する機会があった。そして、私に与えられたテーマは、「青年は幻(ビジョン)を、老人は夢を」である。今日の日本は、政治も経済も治安も自然や生活環境も明るいものではない。年金記録問題や年金破綻の危惧、若者の年金離れがあり、経済格差の中で、ワーキングプアー層の拡大などの生活不安を抱えている。若者たちは、社会の閉塞感の中で、政治には諦め感が漂い、経済的な格差が増す中で将来の「ビジョン(幻)」も描ききれないのが実情ではないか。高齢者は、介護保険の値上げで病気にもなれないし、年金記録問題で老後に「夢」を持つことができない現状だ。

このような現実で、あえて「青年は幻を、老人は夢を」である。実はこのフレーズは新約聖書の「使徒の働き」にあるもので、キリストの弟子たちに約束の「聖霊」が与えられた出来事(教会ではペンテコステという)の中に出てくる。それも旧約聖書の預言者ヨエルの預言の成就として登場するものだ。イエス・キリストが十字架で私たちの罪を引き受け、その死と復活をもって私たちの罪を贖い、永遠のいのちを与えてくださった。このことを信仰によって受入れキリストに従う者に、約束の聖霊が、性別や年齢や階級に関係なく与えられるというものである。この聖霊が信仰者の内に住まわれて、聖書のみことばを通して心を新たにさせ、神のみこころ(将来の展望とご計画)を悟らせ、それを行う使命を与えてくださるのである。

今年の新成人は135万人でこれまでで一番少ない人数であるという。ちなみに、千葉県内では6万5千人、本学では17人である。人数が少なければ少ないほど、彼らは「貴重で大切な存在」であり、この21世紀を担う「希望の光」である。彼らが、キリストの愛に触れ、社会のあらゆる領域で、「羊飼いのいない羊のように弱り果て倒れている」人々の隣人になって生きるビジョン(幻)を持つだけで、この世界に「光」となるはずだ。シニアコースで学ぶ学生が本学にもおられる。彼らもキリストの愛に押し出されて、神の約束をしっかりと握り、一人暮らしの老人の友となり、若い世代に人生の経験から得られた知恵を渡してゆく「夢」に是非とも生きていただきたいものである。「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」(2コリント5:17)