「成人祝福チャペル」

今年も各地で「成人式」が行われ、新成人の初々しさと彼らの抱負がニュースに流れた。今年の新成人も全国で133万人と昨年よりも2万人少なく、少子化が続いている。千葉県内でも6万4千人で昨年を約1千人下回った。今年の新成人は1989年生まれで、日本の元号で「平成元年」生まれということになる。「新しい時代」の成人者、「大人」の誕生である。本学の対象者は16人で、1月14日に毎年恒例の「成人祝福チャペル」の時を持った。これまで彼らを育てられたご両親の労苦と期待を覚え、また、彼らを支援し送り出している諸教会の祈りを覚えつつ、それらすべてを可能としてくださった主なる神を、全学でほめたたえる礼拝となった。

20才といえば、「体力」が漲り、「知力」も旺盛で、「気力」も充実している時期である。色々な可能性を秘めている時と言われる。しかし、それを実現できる環境と機会が広く開かれているかといえば、現実はまことに厳しい昨今である。「百年に一度」と言われる経済危機は、若者の就労にも深刻な影響を及ぼしている。失業と生活不安は社会全体に暗い影を落とし、人々の心に「失望と落胆」を募らせている。「若者も疲れ、たゆみ、若い男女もつまずき倒れる」世相が、新成人を取り巻いていると言えるだろう。彼らの抱負が、前向きで、希望に満ちたものであってほしいと願うのは私だけではあるまい。

現実の厳しさや苦難を乗り切ることができるのは、個人的な信念に基づく希望と期待があってのことだろう。そこに「忍耐してその時を待つ」力が出てくる。私は、「待ち望む」ということばが好きである。「期待をもって待つ」、「確信して忍耐する」、「のぞみをかける」という意味合いがあるからだ。クリスチャンの幸いは、待ち望む対象を得ていることである。その方は、「永遠の神、地の果てまで創造された方、その英知は測り知れない方」と聖書は紹介する。疲れた者が力を、精力のない者が活気を得る、そのような生き方ができたらと願う。「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。」(イザヤ40:31)