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第3回 A-1研究会 脳神経科学とポジティブ心理学

2015.05.23|TKP 御茶ノ水ガーデンシティ

発題:

小林正弥|政治哲学・公共哲学/千葉大学 法政経学部 教授

浅野孝雄|脳神経外科学/埼玉医科大学名誉教授

 

小林正弥氏は近年のポジティブ心理学をアリストテレス実践学として裏づけ、そこから現代的な展開を試みようとします。まず①マーティン・セリグマンらの開始した楽観主義研究、②セリグマンとクリストファー・ピーターソンが開始した人格的強みと美徳に関する研究、③ミハイ・チクセントミハイのフロー理論、④バーバラ・フレデリクソンらのポジティブ感情の研究、⑤ソニア・リュボミアスキーらの持続的幸福の研究などを踏まえながら、まずはポジティブ心理学とアリストテレス哲学との関係を話されました。

ポジティブ心理学は、心理学として実証的・科学的であると同時に幸福(アリストテレスは人間の究極の幸福をエウダイモニアと表現した)を目指すという意味で規範的・哲学的である。ただし主観的な快・不快のレベルで幸福を定義するものがポジティブ心理学であるとすると、それは必ずしもアリストテレス的なものにはならない。心理的な幸福(良好状態)がその人の徳の達成といかに結びつくかが論点になっている。良好状態は以下のような頭文字(PERMA)によって計測可能になる。ポジティブ感情(positive emotion)、従事(engagement)、ポジティブ関係(positive relation)、意味(meaning)、達成(accomplishment)。これらはマズローの欲求階層理論とも対応可能であり、5つの柱の5次元幸福理論である。

このように、ポジティブ心理学は、ポジティブ倫理学と連携することで、総合的なポジティブ心理学・倫理学における幸福の道を探求しつつ、多次元的総合的幸福論を目指すことができると小林氏は提起されました。

これに対して浅野孝雄氏から以下のコメントがなされました。

アリストテレス哲学が現代にも通用する時間と場所を越えて普遍性をもつかどうか。アリストテレスを持ち出すのであれば、たとえば主観的な幸福感は今日の脳科学では「部分的にはドーパミンやアセチルコリンの放出の脳機能の活性化」などと説明されるので、より長く自己が意識して人生に全力を尽くす「目的(teros)」とともに語られなければならないのではないか。また東洋においては、幸福感も異なるのではないか。幸福や美徳よりも、人生は苦であり、人間の本性は悪である(煩悩から逃れられない)と観じたブッダの考え方の方がより現実的・具体的なところもあった。もし5次元幸福理論が3次元幸福理論として再定式化できるとすれば、ジョナサン・ハイトが「社会空間における3次元」として示したX・Y・Z軸のそれぞれに対応するような情動モジュールが実際に脳内に存在することが見出されるかもしれない。それはポジティブ心理学が認知科学に先行して有効な作業仮説をつくり出すことを示すよい機会となるであろう。

こうした提起をもとに議論が展開されました。 (稲垣久和)

 

稲垣久和・イントロダクション 資料

稲垣久和、「宇宙の目的」再考(1)
稲垣久和『宗教と公共哲学』東大出版、146-153