第4回~TCU生の証し

TCUニュースレター(教会教職)をブログ形式で公開しています。皆さんがキリスト者として将来を考える上で、少しでもお役に立てれば幸いです。


みなさん、こんにちは。

今月14日はシオン祭でした。足元の悪い中お越しいただきありがとうございました。また、台風19号や水害による被災地の復興を主の御名によってお祈りいたします。

今回も前回同様、学生の証しです!!

TCUの学生がどのように神様に召されTCUへと導かれたのか。そして、どのような学生生活を送っているのかを証しして頂きました。学生の証しが皆さんの信仰生活の励ましとなりますように。

最後に「ちょこっとインタビュー」もあるのでそちらもご覧ください。


 

証し【弱いときこそ強い】

神学科 教会教職専攻4年 林佑亮

IMG_7208 林佑亮

私は中学2年生のときに洗礼を受けましたが、本当に救いの確信を得ることができたのは一般大学に通っていた学生時代です。当時の私はセルフイメージが低く、ネットや本を通して自己啓発の情報を探しても、結局自分の存在意義を見出せず、生き方に行き詰まる日々を過ごしていました。そんな私に、声をかけてくださる牧師先生がいました。先生は快く私をご自宅に招いてくださり、当時私が抱いていた悩みや不安、今思えば拙くまとまりのない言葉を、否定せずにひたすら聞き続けてくださいました。そして共に聖書を開き、本当の聖書の読み方や祈り方、神様と自分の関係について、ゆっくりと時間をかけて教えてくださいました。聖書を開く中で私は、箴言3章4~6節と、Ⅱコリント人への手紙12章7~10節のみことばが与えられました。自己卑下という罪を繰り返してしまう自分の為に、十字架にかかってくださったイエス様がいること。周りから好かれようとするのではなく、自分のすべてを御存知であられる神様の目線の中で生きること。自分に弱さを感じるときこそ、愛に満ちた神様の栄光が現れ、誇りある本当の強さに繋がること。そのような確信が先生と共に過ごす中で与えられました。その時々では辛かったとしても、結果的に信仰の成長に繋がる体験として後から気付かせてくださる神様に、感謝と賛美の気持ちがあふれました。そして私は、救いへの橋渡し役として導き続けてくれたその牧師先生のように、人の悩みに共感し、神様との関係について気づかせてあげられる献身者に、自分もなりたいと願うようになりました。この体験は、私がTCUへ編入する大きなきっかけとなりました。

現代の社会で生きる人々を見つめていると、私が学生時代に抱いていたような悩みを、ゆっくりと時間をかけて言葉にしてみたり、聞いてもらうことができずに、忙しさに翻弄されながら過ごす人々が多くいるように感じます。私は、一般大学を卒業後、会社員として約3年を過ごしてきましたが、そこで見てきたのは福音を知らない人々が抱いている”心の渇き”でした。「とりあえずお金とお酒があればそれでいい。」「働く意味、生きる意味がわからない。」このような声がリアルに発せられている場面と何度も出会いました。人々の中にうごめく”破れ口”と向き合えるキリスト者として、私は歩めているのだろうかと自分に問い続ける社会人時代でした。そのような体験を携えてTCUに3年次編入をしましたが、TCUでは聖書学以外にも、日本における社会問題について触れる機会が多くあり、社会人時代の私に聞かせてあげたくなるような学びと恵みがここにあると今痛感しています。現在私は、当時の社会人経験を生かしながら、聖書の視点から見る労働観について学びを深めたいと望んでいます。あの時私を救ってくださった神様に日々立ち返りつつ、自分に与えられた召命について思い巡らしながら学び続けていきたいです。


【ちょこっとインタビュー】

 

インタビュー

質問1. 入学する前に不安はありましたか? 

「友達ができるか不安という方もいるかもしれませんが、TCUには世代を超えて仲良くなれる機会がたくさんあります!

質問2. 寮生活の必需品

「友人が部屋を訪問してくれた時に備えて、座布団と紙コップとジュースを常備しておくといいと思います。」

質問3. おすすめの授業

「菊池実先生の旧約聖書概論です。歴史や文化、そして人を通して働かれる神様を体験的に知ることができます。」

質問4. あなただけが知っているTCU最新情報

「TCUにはラーメン好きが沢山います。きっと素晴らしい出会いがあるでしょう。

 

第3回~TCU生の証し

TCUニュースレター(中高生向け)をブログ形式で公開しています。皆さんがキリスト者として将来を考える上で、少しでもお役に立てれば幸いです。


みなさん、こんにちは。

今月14日はシオン祭でした。足元の悪い中お越しいただきありがとうございました。また、台風19号や水害による被災地の復興を主の御名によってお祈りいたします。

今回も前回同様、学生による証しです!!

どのように神様に召されTCUへと導かれたのか。そして、どのような学生生活を送っているのかを証しして頂きました。学生の証しが皆さんの信仰生活の励ましとなりますように。

最後に「ちょこっとインタビュー」もあるのでそちらもご覧下さい。


 

証し【神様の計画の中で与えられた環境】

国際キリスト教学専攻3年 張恩進(チャン・ウンジン)

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私は現在、東京基督教大学の国際キリスト教学専攻、3年の張恩進(チャン・ウンジン)です。高校卒業後、入学する予定だった大学にビザの問題があり、入学できなくなってしまいました。予定通りに大学に行くことができなくなりガッカリしていた時、当時出席していた教会に現TCUの学長であられる山口先生が来られました。交わりの時に、私が大学に入れなくなり、悩んでいることをお聞きになった学長は、私にTCUのパンフレットをくださいました。その日の夜、TCUはどのような大学か、早速両親と見に行きました。そしてその日の晩にTCUを受験することを決め、無事入学することが出来ました。

入学してからの学びは、私にとってとても難しかったです。クリスチャンホームで生まれ育ちましたが、聖書の知識は恥ずかしいほどなく、しかも日本語で学ぶことは私にとってとても大変なことでした。しかし、TCUの教職員、学生たちはとても寛容で、私はすぐに慣れることができたと思います。学びの中では私が今まで考えたことのない聖書的なものも沢山あり、またキリスト者としての姿勢や立場などについても学ぶことが出来ました。特に、私の専攻である国際キリスト教学専攻はどのような立場の専攻か混乱してしまう時もありましたが、私が2年生の時に履修したある授業で、牧師として遣わされる専攻ではないが、一般社会に出て行き、ノンクリスチャンたちに最も触れることになる専攻であり、生活の中でキリスト者として生き、福音を伝える責任がある大事な役割であると聞き、自分のアイデンティティーをはっきりさせることができました。先生方は学生が何をどう悩んでいるか把握し、たくさんのことを教えてくださっていると思います。41991142_898497120339064_6688156741579833344_n

オーストラリア語学研修

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豪州Flinders大学(語学学校)

生活面では、TCUは基本的には寮生活なので、不安を抱えて入学する人も多いようですが、私は高校から両親を離れ、寮生活をしていたので、寮で様々な人たちと生活することに慣れており、不安はありませんでした。実際入学してからも、寮生活に対してあまり大きな困難はなかったように思います。しかし、誰でも時には一人の時間が必要になると思いますが、その部分は少し苦労したと思います。部屋には常にルームメイトがいて、寮には常に誰かがいる、そのような環境で完全に一人の時間を持つことは難しかったです。しかし、みんなと過ごすことにおいて、短所よりは、長所の方がはるかに多いと私は感じます。悩みがある時には聞いてくれる友人がいつも隣にいて、祈ってもらいたい時には祈ってくれる友人がいることは、TCUの最大の魅力ではないかと思います。

正直に言うと、TCUでの学び、生活が常に楽しくて、喜びあふれるものという訳ではありませんが、キリスト者がほとんどいない日本でこのような環境が与えられていることは大きな祝福だと思います。私にTCUという環境を与えてくださった神様に感謝します。


 

【ちょこっとインタビュー】

インタビュー

質問1. 入学する前に不安はありましたか?

「日本語での学びについていけるか。

質問2. 寮生活の必需品は?

「扇風機!クーラーをつけるか微妙な暑さの時には扇風機が大活躍!」

質問3. おすすめの授業は?

「異文化理解入門!毎週の異文化を発見してレポートにすることによって、異文化をさらに理解し、体験することができる。」

質問4. あなただけが知っているTCU最新情報は?

「女子寮209号室には美味しいものが沢山あります。」

 

第2回~TCU生証し

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今年も3ヶ月余りとなりました。前回のニュースレターでは「振り返り」についてのコラムでしたが、皆さん振り返れましたか?

今回はTCUの学生に入学に至る経緯から実際のTCU生活を振り返っていただきました。最後に「ちょこっとインタビュー」もあるのでそちらもご覧ください。


証し【友となること】

大学院 神学研究科神学専攻教会教職者コース2年生 曽川宣基(そがわ のぶき)

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中学生の頃に牧師になりたいと思うようになってから、東京基督教大学(TCU)は一つの選択肢でした。他にも他の大学に行くか、海外に行くかなど考えましたが、最終的にTCUに決めました。決め手となった理由は、TCUは4年制の大学で、色々なクリスチャンに会うことができると思ったからでした。そして実際にここでの学びや経験を通してたくさんのことを教えられました。中でも、あるアメリカ人留学生との出会いは私にとってTCUに来て本当に良かった!と思えるものとなりました。

「あなたには、親友がいますか?」これは、私がTCUの入学試験の際に聞かれた質問です。私は、全てを見透かされたと思い、しどろもどろになりばかりでした。それまでは誰もd不快な思いにさせないように、気を付けながら過ごしていました。というのも、些細なことで、友情関係が壊れてしまうことに対する恐れを持っていたからです。中には、そんなころで壊れる関係なら、そんなものは友達ではないと言う人がいるかもしれません。ですが、割り切って受け入れられるほど単純なものではなく、私にとってそのような決別は耐えられないものでした。ですからそうならないために、初めから当たり障りのない関係に終始しようと思っていたのです。

そのような思いを抱きながら寮生活を送る中で、私の中の隔ての壁を壊してくれた人がいました。彼は私が1年生の時の秋学期に入学した留学生で、それもたった3ヶ月間だけのアメリカ人の短期留学生でした。

彼は初めての日本人で、知っている人もいなくて心細かったはずなのに、いつも私を気にかけ、話しかけてくれました。一緒に富士山にも登ったり、カラオケや東京観光にも連れて行ってくれました。一緒に祈ってくれたり、聖書の話や議論もしました。彼は私の友達となってくれました。私が何かをしたからではありません。ただ彼が「友」としての振る舞いを私にしてくれました。そのことを通して私が陥っていた間違いに気づかされました。それは、相手のアクションを待つばかりで、自分は受け身になっていたということです。自分は待つばかりで、自分から相手を友と呼ぼうとはしていませんでした。

ヨハネ15:9でこのように言われています。「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました」。私たちが何かをしたからではなく、はじめに神様が愛を示してくださいました。友になってもらうのではなく、自分が友となること。もちろん、それがいつも上手くいくわけではないと思います。どれだけ相手を信頼しても裏切られることも、やっぱりあると思います。ですが、だからといって友であることをやめるなら今までと何も変わりません。友となるということはイエス様のように愛を示し続けることだと思います。何よりも、イエス様は期待を裏切り続ける人間でさえも、見捨てることなく友と呼んでくださいました。

私はTCUで多くのことを学ぶことができました。ここで与えられた出会いや経験はどれも自分の信仰が成長するためになくてはならないものだったと、卒業を来年に控えた今実感しています。


 

【ちょこっとインタビュー】

インタビュー

質問1. 入学する前に不安はありましたか?

「友達ができるか心配だった。今では話が盛り上がりすぎてお風呂からでられません!笑」

質問2. 寮生活の必需品は?

「楽器!どの楽器でもいいのですが、弾くだけで気分転換になります!」

質問3. おすすめの授業は?

「ギリシャ語とヘブル語!翻訳と原文の微妙なニュアンスの違いが読み方の視野を広げてくれます!」

質問4.あなただけが知っているTCU最新情報は?

「実は、TCUの敷地には食べれる果物の木がたくさんあります!」

第1回~TCU生の証し

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こんにちは。

夏も終わり新学期が始まりました。皆さんいかがお過ごしでしょうか?

前回は「振り返り」についてのコラムでしたが、皆さん振り返れましたか?

今回はTCUの学生に入学に至る経緯から実際のTCU生活を振り返っていただきました。最後に「ちょこっとインタビュー」もあるのでそちらもご覧ください。


証し【日々の歩みを通して神様を礼拝する】

国際キリスト教学専攻4年 満仲歩歌(まんじゅう ほのか)

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TCUに入学しようと決心したとき私は高校1年生でした。当時、自分が置かれている状況に生き辛さをを覚え、苦しみもがく日々を送っていました。なぜ辛い日々が続くのか、神様は私に何を求めておられ、私をどのようにしたいのか。迷い悩みながら、生きる目的と将来について考えていた事を思い出します。ですが、このような日々を通して信仰が試され、神と人を愛する事、与えられている環境に感謝する事を学んでいきました。主の計画のうちに道を備え、御言葉を与え、愛してくださる神様のために人生を捧げたいと感じた時、幼い頃から憧れていたTCUに入学しようと決心しました。

17歳のとき短期宣教の一環でアメリカに1か月滞在したことがありました。現地の教会を訪れ、牧師先生や青年の方々との交わりの時が与えられ、自分の将来にどこか可能性を感じる経験となりました。新たな世界に触れたことでもっと神様に委ねて期待して生きていきたいと思えるようになりました。英語力の必要性とグローバルな視点で物事を考え、もっと世界で起こっていることについて考えたい。そのように感じる中で、TCUにある国際キリスト教学こそが私が学びたい事だと感じました。そして神様に仕えるキリスト者として整えられるよう神学を学び、寮生活に挑戦してみたい。そのような期待を膨らませてTCUに入学する道が備えられ、こうして今大学4年目の秋を迎えています。

学園での学びと生活は、長く過ごせば過ごすほど濃いものとなり楽しくなってきます。TCUの授業では始まりと終わりにお祈りをします。入学当初そのことへの新鮮さと、教室に平安を感じる安心で嬉しくなったことを思い出します。また学びを通して自分自身の信仰が訓練され、霊的成長へとつながることがここでの魅力です。どのような学びにおいても、その中心には神様がおられ、神様を礼拝することへとつながります。

そして、TCUといえば寮生活と言っていいほど寮は魅力と喜びでいっぱいです。外から帰ってきたときに「おかえり」と声をかけてくれる友達がいて、隣の部屋から賛美が聞こえると心がほっと温かくなること。また生活を通して隣人を愛することを身をもって訓練されること。家族の元から離れ、同じ世代のクリスチャンと共に暮らすことで、自身の成長につながることはもちろんですが、それと同時に難しさを感じる時もあります。常に人がいるからこそ距離感に悩み、人を愛するということが、どれほど難しいのか気づかされました。逃げたいと思うこともありますが、神様はその変わりない愛をいつも私に注ぎ、私にその愛を思い起こされ、ここでキリスト者として歩む私の小さな信仰を成長させてくださいます。この学園で学び、生活すること。その日々の歩み全てにおいて神様を礼拝することに目を向ける、そんな大学生活です。今、私に与えられている全てに感謝を持って、キリスト者として歩んでいきたいです。


 

【ちょこっとインタビュー】

インタビュー

質問1. 入学する前に不安はありましたか?

「寮生活がどんなものなのか想像できず不安でした。」

質問2. 寮生活の必需品は?

「電気ケトルです。課題をやる時に、また友達とおしゃべりをするたびにお湯を沸かして温かい飲みものを作ってます。」

質問3. おすすめの授業は?

「森田哲也先生から学ぶ「国際関係論」と「キリスト教と開発」です。本当に自分の価値観が変えられます。」

質問4. あなただけが知っているTCU最新情報は?

「この前の金曜日の夜に食堂で食べた卵かけ納豆ご飯が美味しすぎて、涙が出そうでした。食堂で食べる納豆は絶品です。」

振り返り~コラム

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 上半期も終わり2019年も残り半年余りとなりました。

 皆さん、どんな半年を過ごしましたか?


 今回のテーマは「振り返り」です。

「振り返り」を辞書で引くと「物事を思い出すこと、過去を顧みること、振り返り良く考

えること」とあります。今回は「振り返り」のお勧めです。

1.振り返ることを通して、神の御心を知り自分自身を知る

 振り返りは、神の御心を知るだけではなく、自分を知る一つの方法です。あなたが歩ん

だ道、経験、すべてが神の御心です。振り返りはパズルのピースを集め、完成させていく

ような作業です。発見した小さなピースは、その1ピースだけでは何かよく分かりませ

ん。いくつも集めることで、その全体像、一貫性やテーマがあることに気付くでしょう。

 そして、振り返った期間のテーマや一貫性を言葉で表してみてはいかがでしょうか?一

文でまとめることによって、なんとなく知るのではなく、明確に理解することの助けにな

ると思います。

例「今シーズンは〇〇の出来事を通して、休息を学んだ期間」

 「ひたすら神の御心を求めた期間」

 「愛されていることを感じた期間」

ニュースレター7月号

「わがたましいよ 主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ 聖なる御名をほめたたえよ。わがたましいよ 主をほめたたえよ。主が良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」詩篇103篇1節~2節

2.振り返ることを通して神に感謝を捧げる

 振り返りを通して、神の恵みを思い巡らす中で、自分がこの恩恵に値しないことに気づ

かされます。その結果、相応しくないものに与えられた恵みのゆえに神をほめたたえ、感

謝をささげるのです。

 振り返りの作業は、良い経験だけを振り返るのではありません。悲しみ、苦しみ、不

安、怒りなどの経験も思い巡らします。その経験や感情を神の御前にそのまま持っていく

ことが大切です。「神様、私はこの時、この理由で悲しかったです」あるいは「こういう

理由で怒りでいっぱいでした」。そして神にこう聞いてください。「これらのことを通し

て私に何を語られ、何を求めておられますか?」と。マイナスのように思える出来事を通

して、それでもなお神が変わらず愛し、生かしてくださっていることを思うとき詩篇の著

者のようにその恵みゆえ、神をほめたたえるのです。

3.次のシーズンを神に聞きながら過ごす

 私たちは過去の出来事を振り返る時、神のみこころを知ります。振り返って、みこころ

を知って終わりにせず、次のシーズンを神に聞くことをおすすめします。

ニュースレター7月号 ②

「わたし自身、あなたがたのために立てている計画をよく知っているー主のことばー。それはわざわいではなく平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」エレミヤ29章11節

 私たちは、人生に起こることを予測できたとしても、実際に何が起こるかわかりませ

ん。しかし、神は私たちの歩む道をすべてご存じです。ですから、このお方に聞き従い、

日々導きを仰ぎます。どんなことがあったとしても振り返れば、そこに主のご計画とみこ

こがあったことに気づくでしょう。さらに、神ご自身が、私たち一人一人に持っておられ

る計画はわざわいではなく平安を与え、将来と希望を与えると約束してくださっていま

す。ですので、次のシーズンもこのお方に聞きながら歩みましょう。


 皆さん、どうでしたか?

 是非、振り返りの時間を持ってみてください。主のしてくださったことを数え、下半期

も神に感謝しつつ委ねてまいりましょう。皆さんの上に主の祝福と導きがあることをお祈

りしています。

JCFN・TCUスタッフ 古屋詩織

 

 

 

セルフケア~コラム

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この春、TCUの大学院を卒業し、JCFN(帰国者ミニストリーの宣教団体)とTCUでスタッフをしている古屋詩織です。読んでくださる皆様の信仰生活の励ましに用いて頂けましたら幸いです。どうぞ、よろしくお願いいたします。

梅雨入りしましたね。雨音を聞きながら、青々としたTCUの中庭を横目にコラムを執筆しております。皆さんいかがお過ごしでしょうか?

雨の日が続くと…..「通学・通勤は大変」「外出もできない」「洗濯物がたまる」「気分が下がる」….それに加え学生さんは期末テストに向けて頑張っているところでしょうか。TCU生も学期末試験を控え勉強中。また、同時に夏期伝道、インターンの準備、福祉学専攻は介護実習、国際キリスト教学専攻2年生は秋学期のオーストラリア留学の準備と忙しい時期を迎えています。

憂鬱な気分に加え忙しい日々だからこそ、雨音と共に御言葉を味わう時間をいつもよりじっくり、ゆっくり持ちたいものです。

ー今回はTCUにおけるセルフケアについてー

「クリスチャンだからストレスとは無縁」という人は一人もいません。むしろ神様が創造した自分自身をよく知り管理することが大切です。今回はセルフケアの方法についてご紹介します。

 

1.適度な運動

TCUには様々なスポーツサークルがあります。バスケットボール、バレーボール、フットサル、ソフトボールなど仲間と楽しく身体を動かしながらセルフケアができます。ここで重要なのは「楽しむ」ことです。ノルマをつけてしまうとかえってストレスになります。

☟東京基督教大学ブログ「バレーボールサークル」画像をクリック

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2.趣味を持つ

自分の好きなことをする時間を確保する。趣味に没頭することにより、仕事や学業への意欲も高まります。また、趣味を通して神様から教えられることもあるでしょう。

私の趣味の一つは植物を育てること。一口に植物といってもその育て方は様々。季節や植物によって水や肥料をあげる頻度も異なります。植物を育てることを通して、神様が一人一人を大切に思い、その人に適した成長の方法を持っておられることを知り、神様の愛の深さを実感しました。Ⅰコリント3:6 パウロが植えアポロが水を注いだ。しかし成長させて下さるのは神様であるという御言葉を思いめぐらしながら土いじりをしています。趣味を通して語られる神様をみなさんも是非体験してみてください。

また、趣味が欲しいという方は以下のサークルをお勧めします!茶道サークル、ウクレレサークル、人形劇、わわわクラブ(子供伝道サークル)など。趣味を通して広がる輪、新たに賜物を発見する機会にもなりますよ。

セルフケア

3.親しい交流

人と交わることを通して、悩みや不安の解決策をみつけることが出来るかもしれません。気の許せる友だちとの時間は大切です。たわいもないことで笑い。クリスチャンだからこそ、互いに祈り合い、み言葉をもって励ましあうことも、共に主を賛美することもできます。
寮生活は常に自分以外の誰かがいる環境です。交わりを持とうと思えば、いつでも持つことができます。1人の時間も仲間との時間もバランスよく取りましょう。

 

☟東京基督教大学ブログ「女子寮、春のopen-room-イベント!」画像をクリック

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4.快適な睡眠時間を確保する

睡眠は疲れたから取るのではなく、次に働くために取るものです。人は休むことで働くことが出来るのです。(創世記2:2ー3)神様は6日目に人を造られ、7日目は働かずに、休みました。

快適な睡眠を得るためには寝る前の時間が大切です。寝る前のルーティンがあると身体が落ち着き睡眠へと向かうようです。例えば、お風呂(湯舟にしっかりと浸かる)→ストレッチ→アロマを焚く→本を読むなど。間接照明で過ごすことも快適な睡眠へと導きます。快適な睡眠が取れれば、すっきりとした目覚めを得ることができ、1日を気持ちよく始めることができます。

 

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※注意点
セルフケアをする際に心がけることは「適度」「やりすぎない」です。ストレス解消、リラクゼーションを目的とするため頑張りすぎたり、重荷になってしまうと本末転倒です。セルフケアをしながら忙しい日々も、主と共に歩んでまいりましょう。

 

JCFN・TCUスタッフ 古屋詩織

「いのちの主」~コラム

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2018年度も残りわずかとなりました。知らず知らずのうちに溜まった疲れが出てくる時期でもありますが、皆さんどのような思いで過ごしていますか?今回は「いのちの主」とタイトルを付けました。疲れた時も、やる気が出ない時も、もうひと頑張りしないといけない時も、私たちを生かしてくださるのは主。御言葉から、麗しいいのちを受け取りましょう。

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見よ、その平地には非常に多くの骨があった。しかも見よ、それらはすっかり干からびていた。(エゼキエル37:2b)

印象的な描写です。これは預言者エゼキエルが主に導かれて目にした幻ですが、現実離れしたSFやファンタジーとは違います。当時イスラエルの民は、バビロン捕囚の時期を過ごしていました。自分たちの国は征服されて、人々はバビロニア帝国への移住を強いられます。肉体的な苦しみは大きなものではなかったかもしれませんが、都エルサレムを失うことは礼拝の場を失うことでもあり、真の神との結びつきにおける喪失感は彼らにとって大きな試練だったと思われます。彼らはこのバビロン捕囚を通して飢え渇きを経験しました。まさに、主がエゼキエルに見せた幻、干からびた骨のようです。
私たちも、干からびたように自らを失ってしまうことがないでしょうか。必死に努力したことが実を結ばなかったり、変わっていく環境に心が追い付かなかったり、大きな支えを失ったり、特に原因はないけれどどこか満たされないものを抱えていたり。神様を信じていても、聖書を読んでいても、祈っていても、そのような飢え渇きを経験することがあります。神様はそのような人々に深い憐れみを示し、エゼキエルに言葉を託しました。

『干からびた骨よ、主の言葉を聞け。神である主はこれらの骨にこう言う。見よ。わたしがおまえたちに息を吹き入れるので、おまえたちは生き返る。わたしはおまえたちに筋をつけ、肉を生じさせ、皮膚で覆い、おまえたちのうちに息を与え、おまえたちは生き返る。そのときおまえたちは、わたしが主であることを知る。』(エゼキエル37:4-6)

主は「わたしがおまえたちに息を吹き入れるので」と言われます。もちろん、肉体も神様が形作ってくださった尊いものですが、それだけでは生きることができません。創世記2:7に「神である主は、その大地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。それで人は生きるものとなった。」とある通り、神様の息が吹き込まれて初めて生きるようになるのです。また「息」という言葉は「霊」とも訳されます。創造のはじめから、バビロン捕囚の時も私たちが生きる現代においても、人のうちには神の霊の住まいがあり、そこに神様が住まわってくださることなしに麗しいいのちは得られないのです。
クリスチャンなのに、聖書を読んでいるのに、祈っているのに、何が足りないんだろうと思うかもしれません。しかし、真面目な信仰生活を送ること=神様の霊が自らのうちに住まわっているとは限りません。神様が吹き込んだご自身の霊を締め出して自分が人生の主になろうとするのではなく、主が主であることを知りましょう。ちりである私たちに息を吹き込まれる主を自分の人生の主人としてお迎えしましょう。そうしていくときに、干からびた骨が麗しいいのちへと変わっていくことを経験します。

わたしの民よ。わたしがあなたがたの墓を開き、あなたがたを墓から引き上げるとき、あなたがたは、わたしが主であることを知る。(37:13)
わたしの住まいは彼らとともにあり、わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。(37:27)

皆さんの歩みのうちに、恵みの川が流れますように。

(hi-b.a.スタッフ 国府田祝子)

静まって、聞く。~コラム

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こんばんは。この時期、受験生の皆さんはどのような気持ちで過ごしているでしょうか。今回のテーマは「静まって、聞く。」です。私は忙しい時、焦っている時、大きなプレッシャーを感じる時や、不安を抱える時、よく騒ぎます。人に助けを求めたり、もがくように頑張ってみたり、文句が出てきたり、祈りさえも騒がしくなる時があります。皆さんはどうでしょうか。神様の御業を見るためには静まって聞くことが鉄則です。このことを改めて心にとめましょう。
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モーセは民に言った。「恐れてはならない。しっかり立って、今日あなたがたのために行われる主の救いを見なさい。あなたがたは、今日見ているエジプト人をもはや永久に見ることはない。主があなたがたのために戦われるのだ。あなたがたは、ただ黙っていなさい。」(出エジプト記14:13-14)

海を分ける奇跡の直前、モーセが言った言葉です。当時の状況を思い浮かべてみると、前は海、後ろはエジプト軍。逃げ場がない上に、敵はどんどん近づいてくるという絶体絶命の緊迫した場面です。イスラエルの民がエジプトに残ればよかったと騒ぎ立てるのも当然だと思います。しかし、モーセがとった姿勢は主の前に「黙る」ことでした。「静かにする」とも訳されます。「主がこの場所で戦われる。私たちはただ静まって、その御業を見ようではないか」と民に呼びかけたのです。神様の御業を見るためには、まず自分を一度横に置いて、神様のみ前に静まることが必要です。
また、その次には聞くことです。モーセは神様の言葉を聞きました。「あなたの杖を上げ、あなたの手を海の上に伸ばし、海を分けなさい。」(出エジプト14:16)騒いでいるときには聞こえない、神様の小さな声を聞くことができました。それによって救いの道を知ったモーセは、言われた通りに行動して奇跡を見たのです。
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クリスチャンである私たちは、困ったときに祈り求めるでしょう。私たちには、自由に父なる神様に祈り求めることが許されています。もちろん神様も聞いてくださいます。しかし、祈りとは神様への願い事を述べる場ではありません。交わりの場です。私たちは多くの言葉を並べますが、どれだけ神様の前に静まり、御言葉に耳を傾けているでしょうか。
この世界には多くの情報があります。日々やるべき事もあります。人からのプレッシャーがあり、その分の思い煩いもあります。大きな騒がしい声があふれた世界です。それらに揉まれて、時に疲れたり、何が良いものか分からなくなったり、焦りと不安に押しつぶされそうになったりします。でも、あなたを生かすものは良い成績ではありません。良い進学先、良い就職先、良い収入、良い評価でもありません。本当にあなたを生かすものは、真理です。真理はあなたを自由にします(ヨハネ8:32)。この真理を知るためには、一度自分のことを横に置いて、主の前に静まって御声に耳を傾けることが必要です。少年だったサムエルが素直な心で主の声に答えたように、私たちも答えたいと思います。「お話しください。しもべは聞いております。」(Ⅰサムエル3:10)

hi-b.a.スタッフ 国府田祝子

“Merry Christmas!!”~コラム

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こんばんは!アドベントのこの時期、どのようにお過ごしですか?お祝いムードの中、イエス・キリストの降誕の出来事を思いめぐらして、その素晴らしさを深く知る者とされていきたいものです。今回のテーマもそのような事から選びました。イエスの母、マリアの信仰の姿を見ていきましょう。

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「ご覧ください。私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように。」(ルカ1:38)

これは、マリアの言葉です。ガリラヤのナザレという町に暮らしていた少女。高い地位も、権力も、力もなく、ごく一般的な生活を送っていたであろう彼女は、突然、聖霊によって身ごもったという知らせを受けます。信じられないことです。しかし、マリアは主の御心を受け止め、先ほどの信頼の言葉を述べました。

マリアにとって、この出来事はこんなにも素直に受け入れられることだったのでしょうか。そんなことはありません。彼女もまた、「どうしてそのようなことが起こるのでしょう。」(34節)と、神の御業の不思議を訴えました。また少し冷静に考えると、彼女は非常に重たい重荷を負わされたように思います。未婚の自分が身ごもったことが知られたら、姦淫の罪で訴えられ、石打の刑で処刑されるのです。必死に無罪を主張しても、彼女の言葉に耳を傾ける人はいないでしょう。世間体や律法を考えれば、焦り、困惑、不安、恐怖心…様々な感情が彼女を襲っても決しておかしくありません。

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私たちも、どうしようもない現実を突きつけられる時があります。病気、事故、災害、大切な人の死、家族の崩壊、理想とは違う自分自身の姿…。それらは自分の力ではどうにもできません。言ってみれば理不尽ですし、どうして自分が?と思うことです。誰のせいでもなく、理由も目的も分からない現実が突然押し寄せます。皆さんはそのような状況にあって何を信じますか。またマリアは、何を信じたのでしょうか。

彼女は、全能なる神、そして愛なる神への信仰から揺らぐことはありませんでした。神にとって不可能なことは何もありません(37節)、聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力があなたをおおいます(35節)。御使いの言葉に力強く、また平安の内に立ったのです。
神様が導いてくださった信仰によって、彼女は受け止めきれない現実を生き抜くことができました。その先にあるのは、主とともにある平安です。それは今、聖霊によって生まれた一人の男の子によって私たちにも開かれています。マリアの信仰を導き、全世界の大きなご計画をも導く神様は、私たちにも目をとめてくださるのです。聖霊に導かれて、一切を神様にお委ねしましょう。その先で、神の見えざる御手が確かに働くところを見たいものです。今日、皆さんが主の栄光を見ることができますように!

(hi-b.a.スタッフ 国府田祝子)

TCUだより「弱いときにこそ、強い」

中高生向けの聖書コラム「TCUだより」を、ブログ形式でも発信します。
皆さんがキリスト者として将来を考える上で、少しでもお役に立てれば幸いです。


 こんばんは!高校生はテストの時期ですね。もうすぐ受験という人もいるでしょうか。思い出してみると…私のテスト前は、自分の自己管理能力のなさに嫌気がさしてイライラする日々だったように思います(苦笑)でも、そんな自分も嫌で仕方がなく、私なりに「自分は弱いなあ」と感じていました。ちょうど、このイラストのような感じです。笑
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「弱さ」は、誰も避けることのできない人間の特徴とも言えるかもしれませんね。一人一人、欠けがあって弱さを持っています。「キリスト教は弱い人の宗教だ!」ということを聞いたことがありますが、誰一人弱さを持たない人などいないのです。尊敬する信仰の大先輩、パウロでさえそうでした。彼が教会宛に書いた手紙を読んでいくと、自分自身の愚かさ、弱さについての言葉が度々語られているのです。しかし、そんな彼はある確信によって力強く立たされていました。

「私が弱いときにこそ、私は強い」(Ⅱコリント12:10b)

印象的な逆説です。彼がこのようなことを言えたのはどうしてでしょうか。
パウロは、体に病気を持っていたと考えられています。Ⅱコリント12:7にある「肉体のとげ」がそれです。彼はこの「とげ」によって、悩み、苦しみ、これが取り除かれるようにと主に強く求めました。自分が苦しいだけでなく、主の働きの妨げになると思ったのです。しかし、そんなパウロに与えられた神様の言葉はこうでした。

「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである」(Ⅱコリント12:9a)

「あなたが要らないと思っているそのとげは、わたしの恵みの一つだ。その弱さのうちにこそ、わたしの力を完全に現わそう。」と主は言われたのです。パウロは、このとげにより主の前にへりくだりました。そして、先ほどの確信に至ります。もし心も体も調子が良ければ、すべての業を自分の力によるものだと高慢になっていたかもしれません。彼は、とげがあることによって弱さのうちに完全に働かれる神様の御業を見、またそれを100%神の恵みとして受け取ることができたのです。

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私たちは、すぐに完璧を目指します。聖書が教えるように、信仰深く、敬虔に。そして、そのような生き方をできない自分の弱さに気づき、落胆していきます。人と比べてだめな人間だと思うこともあるかもしれません。しかし、「自分にはできない」という弱さは神様の力に頼るチャンスです。こんな自分が者が神の子どもとされている!という恵を味わう時です。弱さを覚える者にこそ、主の恵みを深く味わう幸いがあるのです。弱さを痛感する時、主の力に期待しましょう。その先で力強い神の御業を見ることができます。

(hi-b.a.スタッフ 国府田祝子)